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独学フリーランスエンジニアの勉強部屋

思考

自分の本質に気づく、向き合う、発揮する

投稿日:

ふとした気づきがあったので、思いついたことを思いついたまま書き出してみます。
下書きなし、校正なしで書きます。
なのでどんな風に着地するかも今の段階ではわかりません。
駄文丸出しでやってみます。

僕は今、プログラミングと言語(英語、中国語、スペイン語など)と数学にものすごく興味があります。
厳密に言うと昔からずっと興味があって、
昔はプログラミングではなくエクセルにハマってたし、
英語は小学生のころから習って楽しく勉強してたし、
数学も中学生のころは常に80~90点台をとってました。

今でもその名残というか、社会人になってもその勉強はしていて、
フリーランスのプログラマーなのでプログラミングの勉強はそのまま仕事に直結してるし、
英語の勉強はドキュメントを読むときとか、コードを書くときに役立ってるし、
数学の勉強はロジカルに考えることとして役立ってます。

そうやって仕事に結びつくかどうか、ということだけではなくて、
学問としての興味や関心もあって、もっともっと突き詰めていきたいなーと思って日々勉強しているのであります。

で、僕が日々勉強していることを友達に話すと、揃いも揃って

「気持ち悪い」
「なんでそんなに勉強してるん?」
「結局何になりたいん?」
「やりたいこと絞り切れてなくない?」
「せっかく勉強せんでもええようになったのになんでわざわざ勉強するん?」

という、まーネガティブな反応が返ってくるわけですよ笑

そのたびに自分の思ってることとか、やりたいことを伝えるんですけど、
あんまり理解されないんですよねー。

まぁ、誰かに理解されようと思って勉強をしているわけではなく、
好きだから、やりたいからやっている、という思いが強いのでなんとか成り立ってます。

これが、誰かのために、というモチベーションだったら、
とっくの昔に挫折してるでしょうねー。

でもね、自分でもたまに不思議に思うわけですよ。
何のために勉強してるんやろ、って。

で、いつものように
「好きだから」
「興味があるから」
という結論に着地させるんですけど、なんかいっつもきれいな着地じゃなくて。

うーん、もちろん、好きとか興味とかってのは大きいけど、そうじゃない何かがある気がする…
もうちょっと深堀りしてみよう…
と思い立ったわけです。

そうなったらもう、ひたすら自問自答ですよね。
自分で自分を詰めまくります。
こんな上司おったら、そっこーその会社辞めてまうわな、
って思うぐらい詰め寄ります。

なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?
なんで?

よく、トヨタでは「なぜ?を5回くり返すと本当の原因にたどり着く」と言われているそうですが、
僕は何十回もくり返してるけど僕の本質にたどり着けなかったんです笑

で、その理由がわかったんですが、それは
「自分の本質に気づくのが怖いから」
ではなかろうか、ということなんですね。

だって、本質に気づいたら、それに向き合う必要があるじゃないですか。
それに向き合いたくないからずっと隠してきてたわけじゃないですか。
向き合ったらもやもやは解消するかもしれないけど、
そっちの希望よりも、向き合う怖さの方がでかいわけじゃないですか。

だから当たり障りのないように、
「好きだから」
「興味があるから」
というもっともらしい理由で、
誰も反論できないような理由で、
取り繕ってきたわけじゃないですか。

それやのに…
自分の本質に気づいてしまったら…
もう…
やるしかないよね…

という状態です、はい。

で、ひたすら自分を詰問した結果、どんな本質が見えてきたかというと、

「誰かに自分の言うことを聞いてほしい」

というメンヘラ構ってちゃん要素が噴出してきたんですよね、ドカーンと。

いや、これだけ聞いたら

「え…?それだけのこと…?」

とツッコミいれたくなる気持ちもわかるんですが、
これは僕にとっては衝撃的な要素なんですよ。

なぜかというと、僕は小学校6年生のころから、
近所の子供たち(自分も子供のくせに)の相談をよく乗ってたんですよ。

学校に行っても、1年生が僕のところにきて、

「なーなー、ちょっと聞いてー」

と勝手に相談会はじめてしまう。

別に僕が自ら相談乗るでー!と言ったことはないのに、自然とそうなってしまうんですよね。

それってある意味才能というか、もって生まれたもんなんやろな、と思ってます。

で、いきなり時代を飛び越えて20代前半、就職活動のとき、自己分析をするじゃないですか。
そのときに、自分の強みとして「人の相談に乗ることができる」という要素をアピールしまくったんですよね。

相手の話を聞くときに大切なこと、
表面的なことではなく深堀りをする方法、
出てきたキーワードを再構築することで新たな視点を与える、
みたいなことを言ってました。

そうすると営業職としては最高のスキルになるので、
結構すんなり就職活動は進みましたね。

で、実際に仕事をし始めてもそのスキルを使うことで、
お客さんとすぐ仲良くなるし、信用もしてもらえるし、
社内の人間関係も割とスムーズになるので、
どんどんこのスキルを磨こう!となるんです。

何かしんどいことがあったり、うまくいかなかったりすると、
「自分はまだまだヒアリングスキルが足りないからだ!」
と思い、本やセミナー、コンサルを受けることにひたすら時間とお金を使ってました。

その結果、経営コンサル会社に転職できたり、
人材ベンチャーの立ち上げに参画できたり、
独立してコーチングでご飯食べることができたり、
というキャリアを築いていくことができました。
これは今振り返ってみても貴重な経験をさせてもらったと思ってます。

でも、どれもうまくいったかというと全くそういうわけではなくて、
むしろ全部失敗してます。
スタートラインに立てたのは確実に「ヒアリングスキル」のおかげなんですけど、
うまくいかなかったのはそれに頼りすぎて、本来の自分を出し切れてなかったからではないか、と思ってます。

そう、つまり、本来の自分(本質)は、ヒアリングが上手なわたくし、ではなかったということなんですよね。

当時はそれに気づかず、
「また失敗した…まだまだスキルが足りない…もっとトレーニングしないと…」
という、負のスパイラルにはまってしまってました。

でもそれを続けても、もうほんっっっっっっとうにどうしようもなくなってしまって、
2017年に仕事も家庭もお金も全部失って、借金持ちのニートになってしまいます笑

その時期に自分が本当にやりたいことだけで仕事をしよう!と思い立ち、
ずっと好きだったパソコン関係(当時はエクセル、VBAなど)の勉強を開始し、
3か月後にはフリーランスのエンジニアとして客先常駐の仕事をいただけるようになりました。

この段階で、

「あー、やっぱ本当に好きなことを仕事にできると、順調に進んでいくなー」

と思ったんですが、そこで思考停止状態になりました。

このままずっと好きなことをやっていこー、
プログラミングが好きやからこれをやっておけば大丈夫だー、
って。

でもね、最近僕の内側から、
「それだけちゃうやろ?なんでプログラミングが好きなんか考えたか?」
ってつついてくるんですよ。

で、深堀りした結果、

「誰かに自分の言うことを聞いてほしい」

という自分の本質と出会ったわけです。

ね、ずっと

「誰かの言ったことを聞く」

ということで生きてきた自分が、本当は

「誰かに自分の言うことを聞いてほしい」

と心の奥底では思ってたわけです。

つまり、

「自分の本質とずっと真逆のことをしていた34年間」

なわけです。

これ、めっちゃしんどくないですか?
っていうかめっちゃしんどいし!笑
ほんまは人の話なんか聞かずに、自分の言いたいことをもっと言いたいし!笑
という思いがとうとう爆発したんでしょうね。
だからちゃんと向き合うことにしました。

だから僕がいま、なぜか時間とお金と体力をめっちゃ使って勉強している
・プログラミング
・語学
・数学
って、
「誰かに何かを伝えるため」
なんやろな、って思うんです。

そして、この3つができたら、自分の伝えたいことを日本人だけじゃなくて世界中の人に伝えることができます。

プログラミングはソースコードでやり取りもできますし、
出来上がったサイトやアプリで自分の思いを伝えることもできます。

語学はできれば全世界の言語を使えるようになりたいと思ってるくらい興味があって、
使ってる人数が多いから、という理由で英語や中国語、あとはスペイン語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語とかもめっちゃ興味あります。

数学は、数学的な考え方や数字そのものに興味があって、
「大きい」「小さい」は国や個人によって捉え方が違うけど、
「1」は誰が見ても「1」やし、
「100」は誰が見ても「100」やし、
特別な条件がなければ「1」より「100」の方が大きいのは明らかなんです。
そういうブレない伝わり方、ってものが好きなんです。

で、実はですね。

昔、幼稚園のころは歌って踊ってはしゃぎまくってたんですよ。
舞台の上に立つのが好きで、幼稚園のときはよく劇に参加してましたし、
家族や親戚が大勢いる前でよくカラオケで一人で暴れてました。

それぐらい目立つこと、自分のことを表現することが好きだったんですよね。
小さいころって自分の本質で生きてたんやろな、ってめっちゃ思います。

じゃあなんで今ではそれをしなくなったのか…

僕のその本質にフタをしてしまったのは、おそらく父親とのケンカが原因なんじゃないなかな、と思っています。

僕の父親は中学卒業後、九州から関西に出てきてそのまま飲食店で働き始めました。
そのまま修行を続けて、のれん分けという形で自分のお店を持ち、
今でもその店は続いています。

この飲食不況の中、何十年も自分の腕ひとつで家族を養うことができる、というのはとてもすごいことだと思いますし、めっちゃ尊敬します。

ただ、父親はあくまでも「職人」であって、「経営者」ではないな、といつも思います。

僕が唯一、父親とケンカをしたのもそれが原因でした。

阪神大震災の影響で常連さんがめちゃくちゃ減ったこともあり、
店の売り上げは半分にまで減っていました。

中学生だった僕は手伝いながらも、どうしたらお客さんが増えるのか、どうしたら店が繁盛するのか、ということを考えては、
父親に自分の思ったことを伝えていました。
でも父親はめちゃくちゃ頑固なので、人の意見、ましてや仕事のことなんて何もわかっていない自分の息子にあれこれ言われて嫌だったんでしょうね、
普段は全く怒らない父親が

「お前みたいなクソガキに何がわかるねん!黙って働いとけ!」

と店内に響き渡る声でブチギレたんですよね笑

僕もお客さんもびっくりしてしまって笑

子供ながらに、

「あー、自分は何かを良くしようと考えて、それを伝えても、なんの力にもなれへんのか…」

ってめちゃくちゃショックでした。

それ以来、自分を表現することを捨てたんやと思います。
今でも、こうやって文章にすることは好きですが、
同時に同じだけの怖さがあります。

ちょっとまとめると、僕には周りも自分も自覚できる持って生まれた要素が2つあります。

1つは「人の話を聞き、深堀りし、再構築して新たな視点を与えることができる」ということ。
もう1つは「多くの情報をインプットして自分で再構築し、アウトプットする」ということ。

どちらにも再構築、という言葉が出てきているのがおもしろいところですね笑

でもその2つの要素のうち、アウトプット系の要素は長らくフタをしてしまってました。

それをするということは、また父親にブチギレされるかもしれない、という恐怖と戦う必要があるからです。

でも、きっと、もう大丈夫。

自分の思いを発信しても、今まで学んできた発信の仕方を使うことができたら、
誰かを怒らせることはないはず。

それにもし、誰かを怒らしてしまったとしてもいいじゃなっすか。
誰かの感情を動かすことができて初めて、アウトプットする人間としてレベルが上がってるってことですから。

長々と書いてきましたが、結局言いたかったことは、
「もっと自分の本質を解放しようね」
ってこと、
「その本質は恐怖の隣にあるよ」
ってこと、
「もうびびらんでも大丈夫」
ってこと、です。

ということで、これからもっとびびらず発信していきますので、みなさん引き続きよろしくお願いします。

-思考

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